誰もが自分の人生に希望を持てる社会
ここまでの人生、立場や活動の形は変わっても、私の中には、いつも変わらない一つの願いがあります。
どんな環境で育っても、人はみんな幸せになれる
長い間、この信念だけを頼りに、歩んできました。
そして、その拠り所がどこにあるのか、ずっと探してきました。
「ない」のではなく「見失っている」だけ
私が、自分と向き合う中で気づいたのは、
自分らしく幸せな人生を歩む力は、すでに自分の中にちゃんとある。苦しかったのは、自分の中にある力を見失っていたからだ
ということ。
人は、自分の中にあるものが見えなくなると、
「自分には価値がない」
「自分には何もできない」
「どこにも居場所がない」
そんな思いに囚われ、生きる希望まで見失ってしまうことがあります。
児童養護施設を退職し、数年が経ったある日。
退所した子どもたちが会いに来てくれました。
すっかり大人になった姿に安堵したのも束の間、近況を話してくれる中で、ある子がこう言いました。
「施設出身者は、結局幸せにはなれないんだよね。」
もちろん、人生を左右する要因は幼少期の家庭環境だけではありません。
それでも、幼少期の体験が、大人になってもなお、人生に大きな影響を与え続ける現実を目の当たりにし、自分の至らなさを痛感させられてきました。
「私、あの時、何をしていたんだろう」
「もっとできることがあったのではないか」
罪悪感や後悔に飲み込まれそうになった時、聞こえてきたのは
「現実から目を逸らすなよ!」
という心の声。
あの頃の私に一喝された、そんな気がしました。
悔やんでも現実は変わらない。
私にはまだ、やるべきことがある。
その時を境に、私は決めました。
「人は誰でも幸せになれる」
幼い頃から抱き続けてきた願いと、人生をかけて向き合っていこう、と。
もちろん、今もまだ、探求の途中です。
それでも、まずこれだけは伝えたい。
自分の中にすでにある力を取り戻す前に、人生を諦めてほしくない。
「負の連鎖」ではなく「希望の連鎖」を
あるクライアントさんの話です。
彼女は、長い間
「私は、母親としてちゃんとできていない」
「もっと頑張らなきゃ」
そんな罪悪感を抱えていました。
仕事も育児もこなし、余裕がなくて、些細なことで子どもたちにあたってしまう…。
そんな自分に凹む毎日。
反省して笑顔で接していたつもりだったのに、お子さんに言われたのは次の一言。
「ママ、大変そう」
母親失格だと、罪悪感をますます募らせていました。
でも、コーチングを通し、自分のために時間をとって、ひとつずつ出来事やその時々の感情を整理して行く中で、次第に「どんな自分でもいい」と思えるように。
子どもたちの揉め事も、距離を置いて冷静に対処できることが増えていったといいます。
罪悪感から少しずつ解放され、今、ずっとやりたかったことに、人目を気にせず堂々とチャレンジし始めています。
そして、お子さんにこう言われたそうです。
「早く大人になりたい。ママが、楽しそうだから」
「アダルトチルドレンは、負の連鎖を生む」
そう言われることがあります。
けれど、一人が、自分の人生に希望を持てるようになる。
その姿が、また誰かにとっての希望になっていく。
そんな「希望の連鎖」を起こすことだってできる。
そう、感じさせてもらいました。
私が目指す社会
私は、以前の私と同じようにずっと自信が持てずに悩む人々が、
「私は、ここにいていい」
そんな安心感の中で、自分自身について見つめ直し、自分の中にすでにある力を取り戻し
「私にも、できることがある」
そう、自分の人生を自分で選び、自分らしく創造していける。
「生きるって、悪くないかも…!」
そんな希望の連鎖が起こる社会であってほしい。
それが、私の活動の根底にある願いです。

